研究内容

はじめに

我々の身の回りにある物質。その数、実に数百万種類と言われています。では、地球から384,400 km離れた月面上を想像してみてください。果たして何種類の物質があるでしょうか?月面の写真は皆さん一度は目にしたことがあると思います。砂漠のように何もない荒涼とした灰色の景色が頭に描かれると思います。著者が住む盛岡市から30 km程北に足を運ぶと、岩手山の麓に焼き走り溶岩流が広がっています。岩手山噴火の際、地球の内部から噴出したマグマ(主成分:二酸化ケイ素 SiO2)が冷えて出来たものです。地球の息吹を感じずにはいられないpower-spotの一つです。ここを訪れるたびに一度も行ったことのない原始的な天体表面を想像します。月面上も成分は多少異なるものの、この様に多様性の「た」の字も無い程、原始的な数少ない物質のみで覆われていることでしょう。その光景と現在の地球上に溢れる多種多様な物質の世界を比較すると……驚きを隠せいないのではないでしょうか?むしろこの物質の世界は奇跡なのかも知れません….!?普段、地球上でどっぷり生活している人間。周囲の光景は全く当たり前にしか見えないでしょう。しかし、例えば月面上と比較すると古代から連綿と続く物質の歴史を感じずにはいられないのではないでしょうか?人間(著者も含め)は比較対象が無いと中々意識することが出来ない様で、結構鈍感な生き物です。「失って初めてその大切さに気づく」…..。皆さんも経験があるのではないでしょうか?!その前に、日常にありふれたものの見方を変えて(別の見方をして)考え方、付き合い方を変えるべきなのかも知れません。「当たり前の日常の中にこそ”幸福”が詰まっている!」(ちょっと話が逸れてきた)

この地球上に溢れる数百万種類の物質を現代の学問を駆使して統一的に理解する研究分野が物性物理学です。物質の歴史を超簡単に振り返ると、大きく4つに時代を大別出来るそうです。自然界に存在する天然の素材を利用していた時代(これを第一世代構造材料と呼ぶらしい)、すなわち木や石を主要材料として使用していた世代が物質の歴史の序章にあたります。現在も家屋の建造物で主要な材料として両物質は用いられています。物を切るのに有用な剝片、骨、貝殻もこの世代に含まれると思います。その後、人類が火の使用方法を身につけ材料の加工という新しい手法へと推移します。粘度を材料とした食器、壺などの焼き物はこの時代の代表作となります。この焼き物はセラミックスとして現在も用いられた手法です。さらにこの焼き物の発明は人類に金属精錬という鉱物から金属を取り出す技術革新(物質革命)をもたらしました。その発祥は古代オリエント時代(紀元前4000年前)のアナトリア高原とされています。当初は融点の低い青銅(銅と錫の合金)が主な金属として精錬され食器、武器に用いられました。その後、高温の火を発生させる技術を習得した人類は、さらに融点の高い金属、鉄を鉱物から精錬する方法を見出しました。そして鉄に炭素を混入し、炭素量を調整することで鉄の靭性(脆さ、粘っこさ)を制御することが可能であることを見出しました。また、鉄の最も厄介な問題である腐食についても他の金属を混入し合金化することで防げることも発見しました。こうして第二構造世代を迎え、日常生活も鉄の使用とともに飛躍的に便利かつ効率の良い作業を可能にしたのです。中でも農耕技術は鉄の発見により飛躍的な発展を遂げたことは言を俟たないでしょう。いつの時代も人類の歴史で戦争ほど愚かなことはないのですが、この愚行で人類の技術が飛躍的に進歩することも真実で皮肉なことです。色々な意味で人類が「本気」になるからでしょう。歴史上公式な最古の戦争として知られている、大国古代エジプト王国とアナトリア半島(現在のトルコ)のヒッタイト王国との間で紀元前1286年に起きたカデシュの戦いでは、これまでの青銅器性の武器からいち早く鉄性に切り替えたヒッタイト王国が強国を脅かす存在となりました。著者が学生時代にエジプトのルクソールに足を運んだ際、その地の名所旧跡であるカルナック神殿内のレリーフに描かれたラムセス2世のカデシュの戦いのレリーフを目にしました。当時、アナトリアの周辺一民族集団にすぎなかったヒッタイト王国。しかしながら、この地の強国エジプトがレリーフに刻ませるほどヒッタイト王国は強く、古代エジプト王国は大変苦しめられたことを強く感じ取りました。そして(新機能材料)の偉大さ、重要さをその時痛感したものでした。因みに著者の住む岩手県は鉄の県として古くから有名で、鋳造技術の研究が現在も盛んに行われています。その後、ず〜〜と細かい発見を端折って、大切な転換期として20世紀初頭に発明された工業的な人工物質合成が挙げられます。遂に人類は天然に存在しない物質を自らの手で工業的に創生することを可能にしたのです。フェノール樹脂、ベークライト、ナイロン、プラスティック等、石油化学発展の副産物として物質の弾性特性の制御、さらには軽量化に成功しました。こうして第三構造世代が始まります。ここで人類は物質を人工的に設計できると認識し始めることになります。ガラス繊維(FRP)、炭素繊維等はその後生まれた機能性材料です。しかし、人類が天然に存在しない物質を人工的に作ることを覚え、機能性、はたまた営利を追求することで大きな代償、悲劇も招くことになります。人工物の中には自然に戻るまでに人間の寿命を遥かに超える時間が必要なものまで出てきてしまいました。今、地球上で深刻な問題になっているペットボトル、ビニール袋。プラスティックはまさにその代表的な化合物です。これまでは構造物、つまり主に物質の機械特性を中心に物質の時代を分類してきましたが、19世紀後半に物質の特性を左右する決定的な素粒子を人類は発見することになります。英国マンチェスター郊外で生まれた物理学者Joseph John Thomson。彼が陰極線の正体について電荷をもつ粒子であることを明らかにしたのが1897年のことです。この電子の発見を皮切りに、人類の生活は新しい電子材料の発見とともに大きく変貌していくことになります。皆さんの身近な生活道具であるスマートフォン、iPad、PC、その他電子機器。これらは電子材料の進化とともに飛躍的に性能が向上してきました。電子材料の進化とはすなわち物質の機能特性の向上です。ショルダーフォンという製品を知っている方は恐らくバリバリ昭和の人でしょう。(著者もそうです)肩から下げるショルダーバッグサイズの「携帯電話」です….。(笑)その当時のCMの中でトレンド女優がニコニコしながら軽快に操作する姿が……。当時とは裏腹に今は哀れに見えてしまうのは私だけではないでしょう。「時の流れはなんとも残酷である」….。流行を追うことの虚しさも感じてしまう一例です….。(閑話休題)

ショルダーフォンから現在のスマートフォンまでの変遷は、新機能材料の発見、機能特性の著しい向上がもたらした紛れもない恩恵なのです。性能、機能が向上した新商品が出るたびに新聞、雑誌、CMさらにはステージで華やかに会社を代表する人物がPR活動していますが、その陰には物性研究に携わる研究者、学生さん達の不撓不屈の地道な絶え間ない研究活動が縁の下の力持ちとなって支えているのです。「光あるところに必ず影がある」:光と影の両面からいつも俯瞰的に物事(社会)を学生達には見て欲しいと思います。

で、何の話をしてたんだっけ….??そうそう、この機能性の高い物質の設計こそ物性物理学が大活躍する研究分野になります。スマホの軽量化、省エネ化、分解能向上、通話エリア拡大等、これらは全て物質がもつ機能特性を改善、向上することで実現したわけです。この機能性向上に不可欠なのが物質内の電子状態の解明です。電子は単体で電荷(負のチャージ)とスピン(磁石)のたった2つの自由度しか本来もたないのですが、集団になることでフェルミ・ディラク統計に従い、さらには電子間相互作用(静電エネルギー、交換相互作用等)を介することで単体では生じなかった実に多彩な集団特性を現します。こうした電子の集団特性を調べるために100強足らずの元素の中から元素を選び、3次元空間に対称性をもたせながら原子を並べ(電子は波ですから、その波長にあったサイズで周期的に原子を並べることが大事!)、そこに出現する集団電子の状態、低エネルギー励起状態を我々は実験室で観測し、新しい量子現象の探索とその発現機構の解明を目指しています。こうした地道な基礎研究が新しい機能をもった物質の発見、機能性向上へと繋がっていきます。

電子集団の小さな叫び(低エネルギー励起)を我々人間が実験室で観測し、真の姿(電子状態)の全貌を明らかにします。そのためには我々が住んでいる室温の熱雑音を極力抑えないといけません。物質を構成しているイオンの熱振動が電子集団(オーケストラ)のハーモニーを掻き消しています。熱雑音を抑えるために寒剤(液体窒素、液体ヘリウム)を用います。また指揮者のようにオーケストラ構成員を一斉にコントロールすることでその集団の特性がさらに明らかになります。外部から強い磁場(磁石)で指揮者のように個々の電子のスピン(最小磁石)を制御します。その状況で奏でられるハーモニーこそ他ならぬ物質の特性を決めている主要因です。

では、物性研究へ皆さんを誘いたいと思います。